また会う日まで
去る水曜日の夜。 私達の恩師K先生がお亡くなりになりました。
何年も前から入退院を繰り返していましたが、いつも不死鳥のように戻ってきた先生でしたので、今回も元気に卒業式へ出られるんだろうな。と思っていました。 ですので、突然の訃報はまさに青天の霹靂でした。
K先生と私の出会いは、母校であるRMIT大学日本校へ入学する1年前です。
どんな大学なのかと、見学へ来た若造の私に、マンツーマンで校内を案内してくれ、ナゼか人生相談(?)までのってくれたのを覚えています。
当時、演劇をしていた私に先生は
「君ね~。それはいいよ!! 僕の授業で患者役やってよ!こりゃいい患者役ができるねー。」 (・・・・私は勉強しに来たいんですけど。。)
若造の私はそんな気持ちで聞いていたのを覚えています。
[患者さんになってみないとその気持ちは理解できない] それを知ったのは、この日から何年も経ってからでした。
・・・・・それから1年。
大学での、K先生の担当科目は、哲学やカイロプラクティック倫理学などの教養科目でした。 入学してから知ったのですが、先生は戦後初の国際基準カイロプラクターで、帰国後、28歳の若さで日本カイロプラクティック総連盟(JAC)の会長に就任し、カイロ業界を一新させた風雲児だったのです。
そんな素晴らしい先生の講義は…..お世辞にも面白い科目ではありませんでした。 慣れない実技や医療科目で疲れ切っている私の子守歌になってしまったことも時折ありました。
しかしながら、卒業した皆が口を揃えて、もう一度受けたい科目にあげるように、臨床に入ってからじわじわと身に染みてくる科目でした。
先生には多くの、「生き方」を学びました。
それから数年が経ち、スパケア開業を控えた2月のある日、大学の実技室にK先生がいました。
丁度、治療院名で悩んでいたので思い切って相談してみると、
「君ね~。今年の*WFC定義を見たかい?『カイロプラクティックはスパイナルヘルスケアの専門職である』だろ?最近はよくわからない横文字の治療院が沢山あるけど、ここはシンプルに『スパイナルヘルスケア』でいいじゃないか?」 *WFC=世界カイロプラクティック連合
・・・と。
…………..え??
正直、格好いい横文字治療院を考えていた自分はひいちゃいました。。。(笑) このアドバイスを会社上層部に話すと意外にも好印象。結局、そこから『ヘルス』をとった、今の『スパイナルケア』となりました。
これも、あとから考えると、カイロプラクティックの本質をとらえた素晴らしい治療院名だと思います。
冷酒と同じく、先生の言葉はいつも後から効いてきます。。。
・・・・・・・・・・・そしてお通夜。
(みんな落ち込んでいるんだろうな。。。)
いや、それは良い意味で期待を裏切られました。
卒業後、何年もお会い出来なかった先輩、後輩、そして同級生達との談笑…まるで同窓会のように和やかな雰囲気でした。
ある友人には気まずくなって何年も会話ができなかった人とお話ができた。 と嬉しそうに話しくれました。
「これもK先生が導いてくれたんですね。」
…..その通りだと思います。
最後の最後までお世話になりっぱなしの私でしたが、いつか再びお会いする時に
「君ね~。…..おっ、良くやったじゃないか!」
そう褒めてもらえるよう、これからも進み続けていきたいと思います。
柴田泰之(通称:院長)
2012年2月29日 カテゴリー: ┣スタッフ一同 | ┣院長